理系のキャリアを再考しつつ、色々と考える日記

少し変わったキャリアを歩んでしまった人が日々思うことをつらつらと書くblogです。

博士課程

実験機器、試薬メーカーには元研究者、大学などで研究員であった人が入社してくるケースが結構ある。試薬であったり実験機器の元ユーザーであり、科学的なバックグラウンドを持っている為、技術サポート、プリセールスで活躍する下地を備えているからだ。そして、研究員の彼らにとっても、研究者という果てしない道を進むのではなくサラリーマンとして安定した給与を得て、かつ科学のバックグランドを活かせる仕事...という事で会社にとっても、研究員にとってもメリットがある為、入社するのであろう。

研究員の彼らは博士号などの学位を持っているのだが、果たしてどの大学でとった、何の学位なのであろうか。

海外のことは知らないが、日本では学部、修士課程あたりまでは大学の偏差値-それも学部-でレベルの高い学校かどうか判断される傾向にあるが、博士というと別世界の人になってしまいどこで学位をとったのか、何の学位をとったのかに関心がある人は少ないと思う。医学博士、農学博士、理学博士、工学博士、、どれも違う分野ではあるが、私たちは違いがわからない。

そして、会社で働くことになれば、会社名+〇〇博士が名刺に刻まれることになる。ビジネスにおいて会社名や肩書は非常に重要だ。まず、試薬メーカーであれば、技術サポートをするにあたって、①会社名が信用する製品を売ってますよのアピール②肩書(〇〇博士)が私は製品をあなた(=研究者)に説明するだけの背景知識がありますよ、とアピールすることができる。

こういった職(=研究者相手の仕事)であるのあれば、XXX博士はある方が望ましい。しかし、博士課程を卒業するのは簡単なことではない。第一に、学費がかかるし、第二に選考する分野によって難易度が違う、第三に論文博士がなくなって為、物理的に拘束される時間が長い、といったことが理由があげられるであろう。

生化学の分野であれば、価値ある実験結果が出るか不明な状態なまま、数か月うんうんうなる必要がある。その割には、研究者相手の仕事にしか有効な資格にしかならない。というのも、科学の知識に限って言えば、彼らのジェネラルな知識に期待している人はいない。教科書が市販されているからそれを読めばよい。

彼らの強みは、本当の意味で専門の知識、考え方だ。それは異常なほど、狭く教科書などに記載されているレベルのものではない。本当に、世間から見ればどうでも良いこと、例えばうどんのコシの違いに対する考察、について驚く程深い知識を持っている。(うどんのコシの違いは食べてみれば一目瞭然なのであるが、研究者はなぜか真面目な顔で、しかもドヤ顔で違いを説明する。しかも伝わってこない...)

そんな知識は社会で活かせるわけがなく、彼らは浮世離れした人になってしまう。そんなこんなで、優秀な学生は修士課程で社会にでてしまう。(優秀な彼らは会社の制度を使って博士号を取得する。)

そして、残った人は何も考えていない人か、ほんの一握りの天才だ。

実際、東京大学修士課程の在籍者は驚く程多いが、博士課程までなると人が足りないレベルだそうだ。(つまり、入学も簡単...)