理系のキャリアを再考しつつ、色々と考える日記

少し変わったキャリアを歩んでしまった人が日々思うことをつらつらと書くblogです。

The Goal -物理学

The Goal...ベストセラーの有名なビジネス書だ。中身を簡単に説明すると、赤字、納期守れない...だめだめな工場を工場長であるアレクッスが大学時代の指導教授であるジョナの助言を元に立て直しておくというストーリーを通して、著者の提唱するTheory of Constraintsを学んで貰うというものだ。

 

この本の序盤に、興味深いシーンがある。主人公は、企業の目的はお金を稼ぐこと、したがって、工場はお金を稼ぐことにに貢献しなければならないと気づく。そして、お金を稼ぐとはどういった指標で測ればよいかを再考し、純利益、投資収益率、キャッシュフローの3つの指標を見出す。しかしながら、これら3つの指標は工場には適用しづらい。ジョナに相談したところ、「スループット、在庫、業務費用」この3つの指標を使うべしとアドバイスした...この指標は工場運営には適切であり、主人公たちはこの指標を基に工場の再建に取り組んでいく。

 

なぜ物理学者(自分では私は科学者であり組織も科学する、と言っているが...)であるジョナが新しくかつ適切な指標を思いついたのであろうか。個人的な意見では彼のバックグランドが物理学であるからだろう。科学、特に物理学は、既存の概念を組み合わせ(発展させ)、新しく便利な概念を生み出すのが得意なのである。さらに、科学とは定量化、測定を伴う、したがって、数式 -数値測定に便利な方法として新しい概念は誕生する。物理学は既存の数式、値を組み合わせが得意なのである。例えば、エントロピーは、熱測定の新しい測定方法として生まれた。ジョナは物理学の方法論をビジネスの世界に応用したのである。

 

...物理学は確かに化学、生物や実験機器の基礎として抑えておきたい科目である。それと同時に方法論としてはビジネスにも応用が利く分野なのではないのであろうか。確かにジョナが提唱した測定方法は、コンサルタントも思いつくかもしれない、しかしビジネスを理解する物理学者の方が早く思いつき、体型かという点においても優れた解を提示するであろう。なぜならば、物理学者はそのトレーニングを日々行っているからである。我々は物理学を学ぶことによって、この方法論を学ぶことができる。

 

物理学を体系的に学んでみることは、即効性はないが、長い目で見ればビジネスに大きく貢献しそうだ。残念ながら、自然科学と一口にいっても、物理学がもっとも体系化かつ、方法論がパーフェクトに近いものだと感じる。私は分子生物学はこのような方法論を見いだせないし、経済学は物理学の方法論の真似であると考える。このように考えると、物理学は学ぶ価値が高い科目なのだなと思う。(特に古典的な力学、熱、電磁気等)ついでに数学も使うので、数学嫌いも治って一石二鳥?

生物学と理論屋

 高校生物学は、暗記科目である。このような考えは皆の共通の認識であろう。高校で習う科目(正しくは大学でも)は全てが暗記科目であると言っても誤解は少ないと思う。勉学の基本は暗記である為、暗記する方法論を身に着けるだとか、理解を深め記憶に定着させるといった事を徹底すればどのような科目であってもマスターできるはずである。しかしながら、中学レベルの生物学が得意な人が高校ではその科目を苦に、そして高校-大学間でもこれは頻繁に生じる。

 なお、この学年が上がると苦手になるといった傾向は理科系の科目で顕著であると感じる。実際に、「大学の生物は高校の化学、化学は物理、物理は数学、数学は哲学」といった事はよく聞くことである。これは実際に学んだ身からも正しい考えであると実感する。したがって、高校生物が得意≠大学の生物が得意、を意味しないことはレベルが一段上がるという理由により至極全うな気がする。しかしながら、生物学に限って言うとこの考えは若干趣が変わってくる。なぜならならば、現代生物学はレベルが一段上がることよりも、問題解決に横断的・学際的な知識を求めるようになっているからだ。

 大学の図書館の生物学コーナーに行くと興味深いことがわかる。生物化学、生物物理、生物物理化学、分子生物学、生物工学...と生物学 x *****といった学問の教科書を見ることができる。興味深いことに全ての学問の研究対象は生物学である。しかし、研究手法が異なっているのである。そもそも生物学はほぼ博物学であったが、時代が進むにつれ分析手法が発展した為、「生物学」という単体での分析手法は持っていない。ほとんどの分析手法は他の学問の借り物であるケースが多い。

 よって、生物学を学ぶためにはその知識が必要なだけでなく、他の学問(物理学、生物、情報科学)の知識・考え方をマスターしていなければならない。この考えを無視して、「生物学」を1つの独立した科目ととらえて学習した場合に、理解が深まらず失敗する。最近は情報科学の手法が多く使われている。(バイオインフォマティックス)遺伝子レベルの分析を行った時には必ず必要である。

 しかしながら、多くの生物学愛好者(?)は情報科学を学ぼうとしない。彼・彼女らは実験が好きで得意ではあるのだが、その結果が意味するところを広く・深く考えようとしない。(正しくは理論・実験の役割分担ができていない。理論屋の数が少なすぎる。)物理学には理論屋と実験屋がいるのだが、生物学は兼任しているケースが多い。実験手法を考え、実行するには多大な労力が必要なため、頭を結果の考察に回すことは難しい。

 つまりこれからは理論屋が必要になってくるが、そのような人材は育っていない。もっとも、DNAの構造を提唱したクリックが生物学における理論屋の始めであるが、クリックのDNA提唱から60年しか経過していないことを考えると、理論屋が少ないのも仕方がない。(物理学はニュートン誕生から400年以上経過している)生物学はようやく、ニュートン時代を迎えたばかりなのであろうか。

ムーアの法則に支配されるメーカー

 近代的な仕様を持って設計された商業コンピュータが世に出た1950年代、IBMの経営者トーマス・ワトソンは「世界にはコンピュータの需要は5台ある。」と言ったそうだ。(これは本当かはわからないが、逸話として残っている。)日本に関して言うと、この時代はコンピュータどころではなく戦後復興に忙しい時期であった。歴史の教科書に載っている焼け野原の日本(白黒写真!!)を見ると、確かにこの時代にさほど需要はなかっただろうといった事は想像できる。

 そして、インテルの共同創業者であるゴードン・ムーア氏は1960年代に「CPUの性能は年々、倍々ゲームで向上していくであろう」、と予測した。この経験則は、ムーアの法則と言われる。70-80年代とコンピュータはムーアの予測通りに進歩していき、金融機関、官庁をはじめとする封建的な会社で採用されていった。用途は事務処理である。現代の様にITがサービスを提供するといった側面はこの時代にはなく、もっぱら機械的作業を肩代わりしてくれる便利な計算機として導入されていった。

 余談ではあるが、私は80年代の設計資料を見たことがある。非常に興味深いものであった。フローチャート手書きであるし、もちろん設計書もすべて手書き手書きで書いたものを、専用端末で誤りがないように入力していったそうだ。また、ソースコードも方眼紙のようなものに記載し、それを正確に入力していく...といった作業を行ったいたそうだ。

 この時代では大企業ではコンピュータの利用が推進されていたものの、個人レベルではまだまだであった。個人にコンピュータが身近になっていくには90年代からである。私の記憶では90年代は一般家庭には所謂Windowsのパソコンの普及率は高くなかった。代わりに、どの家庭にもコンピュータゲーム、ファミコン・スパーファミコンゲームボーイ・PSがあった。CPUの性能は現在のものと比較して驚く程低かった。ポケモンは150匹が限界!!それ以上詰め込むと、容量が足りないのである。

 2000年代に突入すると、どの家庭でもWindows OSがインストールされたパソコンがあり、また携帯電話(ガラケー)を持つ人も増えてきた。インターネットも一般の人も使用するようになってきた。もちろん、ポケモンも1つのゲーム機で扱える数が増えていた。驚くべきことは、2000年時に一般家庭に普及していたコンピュータの性能は80年代の大企業のものより高性能である事である。ついに、個人が大企業と戦える時代になったのである。2004年の前後では、IT社長が世間の注目を浴びた。ホリエモンが活躍したのもはまさしくこの頃である。ムーアの法則通りにコンピュータの性能が向上していなかったならば、俗に言うヒルズ族だの、ホリエモンだの、インターネットベンチャーは誕生していなかった。

 ムーアの法則により個人が大企業と戦える土壌が整ったからこそ、彼らIT寵児が誕生したのであろう。この時、日本の携帯電話は独自の進化を遂げていた。特にカメラの性能は向上し、写メールなるものも可能となっていた。今では考えられないかもしれないが、xxxピクセルのカメラが携帯に搭載されたとニュースで話題になったりした。これからは携帯でなんでもできるようになる、もちろん携帯の革命を牽引するのは日本の電機メーカーだ!と私は思っていた。

 この頃、オーストラリアに行った。現地で販売されている携帯電話が高画質なカメラもなく、ただの電話機能しかないのを見て、日本企業の技術力の高さを知った。やはり、これからは日本メーカーが世界を牽引すると。(実際はそうはならなかった。)

 そうこうしている内に、MSはWindowsの新しいバージョンを着々と出していた。日本の会社は、ポータブルオーディオプレイヤーならこれ!、携帯電話ならこれ!、ゲーム機ならこれ!とそれぞれが独自に、高性能・高機能で進化していった。

 気づけば、AppleiPhoneをリリースし、パソコン・携帯電話・オーディオプレイヤーは1つのデバイスで代替されるようになってしまった。確かに、CPUの性能が向上しているのであるので、わざわざ複数のデバイスにせずに、1つのデバイスですべてを賄うといった事はごくごく自然な考えではある。しかし、日本のメーカーは全てを集約せずに、それぞれのデバイス毎に進化してしまっていた。なぜこうなったのか、今考えてみれば不思議な事ではあるが...そして、ムーアの法則通り、CPUは十分なほどの性能向上を達し、コモディティ化してしまい、半導体メーカーは熾烈なコスト競争での戦いを余儀なくされた。

 日本の電機メーカーは半導体の不振に苦しみ、そして高い技術力を独自路線に集中させていた為、競争力はなくなってきた。もはや、町で見かける製品は海外メーカーのものである事が多い。(これは90代,00代初頭には考えられなかった!!なんだかんだ日本製が良いと思う人が多かった。)

 このようにムーアの法則に支配されてしまい、もはや斜陽?と言われるメーカーはこれからどうやって生き抜いていくのであろうか。非常に興味深い。

英語のサイトで良いものまとめ

前にも記事を書いたが個人的なアップデートがあったので再度書く。

特にリスニング用とか、面倒くさい分類はしない。

 

・Science Friday

科学に関する話題で興味深い。英語も早くないし、会話的な表現も学べる。なんといっても内容が良いし、外国の偉い人も楽しんで聞いている様である。実は会社の人偉い人が面白いよ!と言っていたので聞いたら面白かった。これから、電車で聞こうと思う。

 

・NBC Nightly News

毎日見ている。だいたい20分くらい。アメリカの話題が中心ではあるが、映像も含め見ていて楽しい。ブラインがアンカーを主に勤めるが、代役で出てくるホスターがオーラがあるかつ声が良い(笑)。大尊敬する野口教授もお勧めのニュース。ブライアンは日本で言う久米ひろし?いや、ちょっと違うか...

 

・CNN Student News

NHK週刊こどもニュースの高校生版といったところか。用語の説明など、平易でアメリカの文化を学ぶ上でも役にたつ。この前、クイズで日本が出ていた。さて、GDP3位、極東の島国...な国はどこでしょうか?の様な感じで。10分で終わるし、いつもさっと見ている。

 

The economist

雑誌。言わずもがな。素晴らしい記事が多い。民主主義、市場主義、ものごとを客観的に見る雑誌。This newspaper believe ***. 英語がちょっと難しい。ボリュームある。日本で該当するような雑誌はなし。(他の国も)アメリカ英語に慣れている自分は、Mr.の書き方とか、微妙な綴りの違いに、当初違和感を感じた。(イギリス英語ですので)。購読しています。1週間でちょっとしか読まないうちに次の号がきます。ジャンプにつぐ、習慣にしたい。

 

NHK World

10分で終わる。毎日聞いている。当たり障りないし、英語もやさしいため、入門にはうってつけ?日本の話題に遅れないように情報収集的な感じ。まあ安定のNHKといった感じ。

 

BBC

NHKと同じ国営だが、これはアプリ・速報性が全然違う。アプリは画像がきれいだし、(我々、日本人がイメージする)国営とはまったく異なる。というより、日経とかのアプリよりも全然すごい。なお、日本人のノーベル賞受賞を、日本のメディアに先行して配信するという鬼畜な面も。(時差の問題もあるが。)VPNサービスを使えば全てのテレビも見れたり非常に重宝します。

個人的な用途はアプリでニュースをチェックしてます。(NBC, CNNがやはりアメリカよりの報道だが、なぜかBBCは目線がグローバル...)

ただ、アプリのアラート設定をすると、速報のアラームが真夜中に鳴り、安眠を妨げます。

 

Bloomberg

経済のニュースを見たくなったら、日経も優れているが有料である。こっちは無料。なので経済ニュースをチェックする際に重宝する。経済はなんといってもアメリカを中心に動いているので、これは頼りになる。あと、株価の情報などさすがBloomberg!!といった感じ。また、ビジネスウィークの買収により経済記事はより充実してきたいる気がする。Bloomberg Radio、テレビもある。便利の一言。

 

なお、雑感ではニュースはアメリカとイギリスのメディアが優れている。特にイギリス。日本のニュースを見る前に、BBCでニュースを見ることが多々ある。日本のメディアは、日経をはじめ優れているものが多いが、いかんせん有料... まとめニュースアプリで良いかつ、無料なものがある。

 

また、他はNHKの入門ビジネス英語や、Z会の単語帳も基本的なフレーズや語彙を鍛えるために役に立つ。こっちは正直、勉強臭がするのでお勧めできない。やはり、ニュースだったりテレビを見ながら楽しみながら学びたいものだ。

なお、変態的な生活を送っているため、日本にいるのに一日に英語に接する時間は4-5時間を超える。(勉強時間ではないし、会社でも多少英語を使う。) 最初はほとんどの情報源を英語にしたため、違和感を感じたがすぐに慣れた。

2014年度ノーベル物理学賞

 今年度のノーベル物理学賞は日本人3名が受賞することになった。青色発光ダイオードが受賞の対象となった。今年度のノーベル物理学賞は、基礎理論・新発見ではなく、産業物が対象となっており、今までの物理学賞と趣が異なっていると感じている。

 中村氏は、青色発光ダイオードの理論や、それにつながる基礎発見をしたわけではなく、技術者、研究者として量産化への舵を切る為に必要な応用研究を行った。今までは、基礎研究がノーベル物理学賞の対象となっていたが、今回は応用研究である。それも、一企業の技術者としての仕事が受賞対象となっている。

 このノーベル賞は、湯川博士が受賞対象となった研究とは全く異なるタイプのノーベル賞であると感じる。博士の理論は、まさに天才物理学者が成し遂げた仕事といったところではあるが、中村氏の仕事は弱者の戦法を使って産業化への道を開いた仕事である。同じ物理学賞でも全く違う。

 個人的な意見では、中村氏へノーベル賞を与えたノーベル財団及び選考委員会の決断は非常に素晴らしいものであると思う。今までは基礎ばかりに焦点を置いていた賞が、応用分野も評価するようになったからである。それも、一企業の技術者を高く評価した。考えてみれば、ノーベルはダイナマイトを開発した応用屋であり、ノーベル賞の原点は応用にある。(それが理由かは知らないが、ノーベル数学賞はない。)よって、今後は中村氏のように応用化への舵取りをした人物を対象にするのは至極全うである。

 ノーベル賞は自然科学を学ぶものにとっては憧れそのものである。しかし、自然科学を学んだもの全てが公的な研究機関で働くわけではなく、企業勤めとなる。その場合は、応用研究・商品開発等の技術職に従事することとなる。研究機関を離れた彼らも仕事次第によってノーベル賞を受賞できるということが、今回の物理学賞で証明された。その意味でも非常に素晴らしいことである。(島津製作所は実験機器メーカーである為、田中氏の化学賞とも今回の受賞は異なると思う。)

 このように非常に素晴らしい今回のノーベル賞であるが、残念なことがある。日本のメディアの報道スピードが遅いことである。私は、このニュースをWall Street Journal / BBC で知った。スマートフォンの通知機能により、WSJ/BBCより、速報です、ノーベル物理学賞が決まりました! 日本人です、と知った。日経を始め、日本の各種メディアの報道スピードは、欧米のメディアより遅かった。非常に残念である。

WAIT! ― intransitive verb or transitive verb?

WAIT ―  自動詞、他動詞、両者をとり得る。

よく聞くフレーズ。

Wait a minute. ちょっと待って!

Wait for it. 待てよ

I am waiting for your reply. ご返信よろしくお願い致します。

 

で、ある日、xxx お待ちしていますは、" We are waiting xxx " "We are waiting for xxx"、どちらなのか迷った。

結論を先に書くと、グーグルの検索結果がより多かったのは、"We are waiting for xxx" であった。したがって、こちらがより自然な表現なのであろう。

確かに英英辞典を見てみると、確かに自動詞の意味の方が、メールで書く「お待ちしております」に近いような気もする。

Wait - Definition and More from the Free Merriam-Webster Dictionary

//

transitive verb
1

:  to stay in place in expectation of :  await <waited the result of the advertisement — W. M. Thackeray> <wait your turn>

intransitive verb
1
a :  to remain stationary in readiness or expectation <wait for a train>
 
b :  to pause for another to catch up —usually used with up
2
a :  to look forward expectantly <just waiting to see his rival lose>

//

しかし、"Wait for a minute"ではなく、"Wait a minute"という表現があるのであろうか。(※もちろんwait for a minuteとも言う)

実はforが省略されているという話を、ネット上で見つけたがそれが本当かはわからない。仮にそうであるとすれば、wait a minuteは正しくない英語である。

もちろん、他動詞、自動詞はwait以外にも紛らわしいものが沢山ある。正しい表現を書くには非常に注意が必要である。というのも、我々はwaitを含んだ文章を頭の中に記憶しており、目的語、副詞など修飾語句を入れ替えることによって文章を書く(しゃべる)、その場合に、自動詞のサンプルを引き出すべき時に、他動詞のサンプル文章を引き出してしまう可能性があるからだ。

そして、自動詞、他動詞ともにとる為に、正しいかチェックするのが難しい。対策はグーグルで検索し、検索結果数を確認するしかないだろう。

言語としての数学

 楽天の英語公用語化、外資系企業の進出拡大、買収ともはや日本にても英語を使わざるを得ない人は多い。本屋にいくと、英語はこう勉強しろ!みたいな本がよくある。それらの本は決まって、英語は語学だ!!、皆日本語使えるのだから、英語もできるようになる。だから頑張れ、と書いてある。同じことは、"言語としての数学"にも当てはめるべきだ。

 ある物理学者は"Mathematics is a language."(数学は言語のひとつである。)といった。(これをパロって某経済学者は"Mathematics is language."(数学は言語そのもの)と言った...) つまるところ、数学は学者の間では自然現象を表現するための言語の一種なのである。これが自然現象を記述する為だけの言語であれば、古代ギリシャ語と同じ様にマニアや学者だけが知ればよい言語なのであるが、数学という言語は学問の領域を超え、様々な分野を記述する為に使われてしまっている。

 簡単な例をあげれば、複利の計算であろうし、ファイナンス理論への応用。ひいては、工場の立地戦略、オペレーション戦略を表現するためにも使用される。最近流行りのビックデータ解析は統計学の世界だ。(その数学が戦略を決めるを参照)よって、ファイナンス、戦略やオペレーションをがちがちに学んで実務に活かそうと考えると、どうしても数学が学ぶ必要が出てくる。

 個人的には英語を学ぶことも極めて重要であると考えているが、数学を学ぶことも同じ程度に重要と考えている。しかし、どうも英語だけに偏りがち気がしてならない。某学者たちの発言の様に、数学も言語の一種であり、現代社会では必須の言語のひとつである。実務レベルのシンプルな数式よりも複雑な日本語が使えるなら、数学も使えるようになるはずだ。

 考えてみると言語としての数学と英語は非常によく似通っている。

1. 世界共通の言葉

2. 中学から習い、挫折する人が多い

3. 人によって求められるレベルが違う

4. "できる"の定義が非常に曖昧

5. はっきり言ってほとんどの日本人はなくても生きていける...

...類似性をあげていくときりがない。本屋にも数学は言語なんだから、誰でもできる頑張れ!、ビジネスマンには必須だ!みたいな本がないのはおかしいと思う。もっと、一般書店の数学コーナーは充実していて欲しいし、トーイックのような試験が流行ってもいいはずだ。なぜ英語ばかり協調されているのだろうか。海外に目を向けてみると、日本の英語教育論のようにSTEM分野(Science Technology Engineering Mathmatics)の教育論が盛んだ。我々は英語同様に、数学にもっと目を向けるべきだろう。とはいっても、10年前と比べると数学への関心は高まっているように思われる。(10年前は数学の一般書は今より本屋に並んでいなかった。)書籍、学校やオンライン教育がもっともっと充実することを願う。

 もちろん、数学も英語も、苦労し続けるのは確かだ。言語としての数学・英語は、学問として学ぶわけではないが一生苦労はし続けるだろう。最後に、数学ユーザーのアインシュタインの言葉を引用しよう。 『 数学で苦労していることを気にしてはいけません。私の方が数学でもっと苦労していることは確かですから(女子中学生のバーバラ・ウィルソンに、1943年)』。これはもちろん、英語にも当てはまる。